学歴を考える、というお題で昨日はお話をしてみました。

では、そんな中にあって、学歴とはどう付き合うか考えてみたいと思います。
学歴は防具、使いようによっては武器
以前にこんなことを書いたことがあります。

私個人はここに書いた時と考えは変わっていません。学歴はRPGなどのゲームで例えれば鎧や兜などの防具のうようなものになると思っています。それは社会生活を営む上でのハードル(就職など)からのダメージを軽減できるものという意味です。
とはいえ、ゲームなどで経験された方ならお分かりでしょうが、よほどのことがない限り、防具はダメージを0にはしてくれません。あくまで軽減されるだけです。攻撃せずに黙って立っているだけだといずれHPは無くなって倒されてしまいます。ですから学歴を防具として持つのも大事ですが、同時に攻撃力を高める必要があります。武器を磨く必要があります。
ここで上で挙げた昔の日記に少し付け足すなら、学歴は使いようによっては武器になります。芸能界では以前からこういう流れはできて来ています。「高学歴芸人」「高学歴アイドル」などと呼ばれる人がそうです。芸が面白い、ルックスがいいなどはほとんどの芸人さんやアイドルの人たちは満たしているはずです。そこに加えて高学歴というステータスを武器にして使うことで、テレビなどのお仕事の幅を広げることができたなら、それは学歴を武器として使った一例といっていいと思います。
学歴は便利
かように学歴は防具なり武器なりになるものだと言っていますが、一方で学歴は手っ取り早く「あの人は賢いらしい」という証明になりえる(本当にそうかどうかはともかく)という意味で便利です。
東大を出た人、と聞けば多くの人はとりあえず「あの人はできる人」という印象を持つのではないでしょうか。このように実際の能力を示したりするより前に、一定の評価を他人からしてもらえるという意味ではかなり便利だと思います。
とはいえ、諸刃の剣になる一面はあります。仕事などで思ったような成果が出ないと、「あの人東大出た割に使えない」、「学歴高いけど芸は面白くない」という風に、学歴が逆に実態とのギャップを浮き立たせてしまう側面がないとは言えないからです。
「学歴は関係ない」の意味
ところで、学校歴を離れた純然たる意味での学歴も含めて考えた場合、こんな言い方を聞いたことがある人は多いはずです。
「学歴は社会に出れば関係ない」
多くの場合、この手のセリフを言う人は二手に分かれます。一つは高卒や中卒など、大学を出ていない人。学歴と関係ない実業や芸能など、己の才覚で成功した人たちです。もう一つは突き抜けて高い学歴を持つ人です。この場合は自身の高学歴をある程度自覚したうえで、なおかつ社会でそれを実感できる場面が少ないと悟った人たちです。そして往々にしてそういう人たちほど、かなり高度な世界で味わった経験で語っていることが多いと思います。
この手のお話を私なりに解釈するなら、それは「防具としての学歴」に意味がなかったということになると思います。結局自分自身の世渡り含む才覚で「攻撃にあたらない」もしくは「攻撃にあたって学歴で防げる以上の大ダメージを負ったとしても、それで尽きない高い体力(社会的な)を持っている」から意味がないのだと考えます。この強さを持てるなら、学歴に意味がないという言説は正しいと思いますし、できることなら私もその体力を高める努力をこそしてほしいものだと思っています。
学歴とは真面目に向き合え
いろいろなことを言いましたが、私はどの考えも全て正しいと思います。学歴に意味はあると思いますし、逆に意味がないという考えを持つのも一つの考え方だと思います。
昨日のお話からだいぶそれたので再び話題を戻すと、学歴社会自体は個々人の持つ価値観とは別の問題として厳然とまだ存在しています。そして、それはどんなに「嫌だ」といったところで否応なしに立ちはだかります。
ですから、まずはそれを素直に受け入れるべきだと思います。そのうえで学歴という防具や武器をまとう選択をするか、あるいは学歴と関係ない部分でスキルを磨いていく道を選ぶかを考えるしかないと思います。避けるにしろ、立ち向かって手にするにしろ、学歴というものは社会に存在するという前提を忘れずに腹を据えて向き合うことがまずは第一歩です。
塾の考え、私の考え「学歴は努力の勲章」
以上を踏まえたうえで、私自身は、あるいは塾では学歴とどう向き合ってもらうか。まずは勉強を通じて手にすることができる勲章と考えたいと思います。そういう意味で、私は偏差値や名門という学歴も大事ですが、それだけにこだわらずに、努力で手にできる勲章としての学歴を手にしてほしいと思っています。それは自分の力の範囲の中で精いっぱい手を伸ばして手にした成果だからです。その結果がいわゆる有名大学や世間の言う高学歴かどうかは関係ありませんし、逆に高学歴と呼ばれるような大学に合格した場合であっても、精一杯の努力ではなく手に入れたものなら勲章とは思いません。
目いっぱい努力した経験を持っていれば、多少の学歴の差は入学後の努力でいくらでも跳ね返せます。努力の勲章を既に持っているからです。それは、大学自体のネームバリューではなく、それぞれの行き先へ達するときに手にした努力の勲章の大きさによるところが大きいからです。大学のネームバリューに差があろうとも、努力の勲章の輝きで勝っていればいいのです。
ですから、私は「頑張って勲章を手にしたい」という意志あるお子さんやご家族とともに歩んでいくことが使命だと思っています。そして、そのための努力を長期間、長時間、お子さんとじかに接し続けながら一緒に考え、実践していける環境を作りたいと思います。
いずれその努力という名の勲章が光り輝く時が必ず来ますから。
