少し前に参考書ルートについて私見のようなものを書いたことがある。

この中で、参考書ルートについて多少否定的に取られそうな書き方をしたが、私自身は高校生の大学受験指導では市販参考書を主体に進めるようにしている。それはどうしても、教材会社さんには申し訳ないのだが塾用の高校生教材は使いにくい点があるからだ。高校受験以上に自学での持ち上げの量がものを言う大学受験のこと、解説を読みこなして中身を自分のものにしていくことが求められる勉強のためには、市販参考書に頼るところが大きくなる。
塾での参考書への取り組みについてはこんなところだが、参考書ルートというものについて改めて考えてみるところ、そこには質と量の両面における「努力の可視化」という側面があるようだ。
元来は大学受験における「神戸大学に行くならめちゃくちゃ勉強しなくちゃいけないよ」であったり、「関学に行くなら英語とか頑張らないといけないよ、社会も点が取れないといけないよ」のような、あいまいな表現での努力を提示されることが多い。その結果、「頑張ったのに全然合格に届かない」というように、客観性を伴わない「頑張った」にとらわれてしまう。
そこで「関学を目指すならこれとこれとこれ(参考書)をやっていけば届くよ」というように、「これができれば合格できる」というわかりやすい基準を示してくれるのが参考書ルートというものだ。「どれだけ努力すればいいんですか?」という問いかけに対する一つの答えになりうるのだ。これが今日、多くの受験生が参考書ルートに関心を持つ理由だといっていいと思う。
ルートのように参考書の順序を指定したりすることはあまりしないが、塾においても「関学を受験するならこれをさせた方がいいな」であったり、「国公立大学を考えるならこの時期にはこれができておいた方がいいだろうな」と考えるのは当然ある。だから参考書ルートとは言わないまでも、ある程度時期に応じた必要レベルの提示において、参考書の書名による可視化はある程度重要なものと考えたほうがいいとは思っている。
一方で塾では注意していることがある。それは複数冊の参考書をどんどん進めていく方針にはしたくないということ。1冊をとことん追い詰め、その本から得られる知見はしゃぶり尽くすくらい読み尽くさせる。
これを可能にするには、最初の段階で参考書を厳密に選定して、必要なものを提示しなくてはいけない。私は頻繁に書店に出没するが、その理由はここに尽きている。なんでもいいからとりあえず買ってみる方がいいのかもしれないが、私はどうしてもこだわりぬきたい性格のようで、何度も検討し、購入の手前でも断念して考え直し、それでも「やはりこれだ」と決めたものを厳選している。
試みに、現在高2生の英語の進め方を少しお伝えしたい。
高2生の英語では旺文社の基礎英文問題精講という本を使っている。余談だが、各塾やYouTubeなどで提示される参考書ルートにおいて、本書が挙がっているのは見たことがない(古いと思われているのだろう)。この本は入試英語長文の中から抜き取った短めの英文を使って、そこから英文法や構文などの知識を解説していく「英文解釈」のジャンルに近い本になる。著作権に関わるから本の中身は載せられないが、本文に続いて「精講」や「研究」で知識の解説が行われるので、塾生はそこを読みながら英文を訳していく。
私はそこに加え、本が解説していない箇所の文法や語句の知識などを解説していき、本の中にある英文を使えるだけ使い倒していく。この本は他の英文解釈本に比べて問題数が多いので時間はかかるが、ここを鍛えておくとのちのち英語長文が格段に読みやすくなるので、今は時間をかけて指導していく。
塾生は最近自力で50問ほどの英文を訳して読み終えた。ここから後追いで私の解説を交えた復習が始まる。幾度も登場する文法や解釈の事項も何度でも説明していく。「常識」に変わるまで説明し倒す。他の英文を見ても同じことを思いつけるようになるまでだ。
このようにして参考書を食べ尽くした後、次に移っていく。今書店では、まだ数カ月先の話とはいえ、この基礎英文問題精講の次を検討している。
ルートというほど大げさではないものの、生徒の志望大学に応じて必要な知識量や難易度だけでなく、本人が使っていく姿や成績が伸びるイメージまで描いて、参考書は選定したい。


