宿題をテーマに2日間書いてきた。


宿題の確認が命令に置き換わっていく過程を少し考えてみたが、そこで信頼されていないと(多くは誤解だと思うけれども)子供が感じてしまうことが反発につながってしまう。宿題をめぐってバトルになる日常になってしまう。
宿題をどうするか
では、宿題はどのように考えるのがいいか。この問いを立てると、多くの親御さんは「どうすれば我が子が自分から宿題をするようになるか」という方向性で考えてしまう可能性がある。まず私は、その前提をなくすことが最初だと思っている。端的に言うなら「子供に宿題をさせたい」という考え方から捨ててほしいとさえ思っている。
まず大前提なのは、「宿題をするのは当然のこと」であって、子供もそれは何となくはわかっていること、という考えを持つことが第一だ。ほとんどの子供たちは宿題はしなくてはいけないと思っているし、宿題はしたほうがいいと思っている。それをいつするのか、というようなスケジューリングの力が足りなくて(特に小学生)、後回しになってしまったり他の事に気を持っていかれて失念したりするのだ毛だと考えるのだ。
じゃあスケジューリングを親がしなくちゃ、と考えたくなると思うが、まずはいつ宿題をするのが子供の生活リズムに合うのかを考えたほうがいいだろう。学校から帰ってすぐ、夕飯の前、ゲームなどをして遊ぶ時間の前、寝る前など生活における節目の手前に宿題の時間を持っていくのが一般的だと思うが、子供にとってそれがどこにぴったり合うのかを考えてあげるのがいいだろう。親が子供に時間割を決める(押し付ける)のではなく、子供に自分にとってしっくりくる時間を考えさせるのだ。
子供の自主性のようなきれいごとの話ではなく、中学、高校と成長していくなかで、簡単なところから実践させる教育の一環として考えてみられるのはいかがか。
当塾における宿題
当塾では、小学生以外宿題は出さない。小学生は週1回1時間しか顔を合わさない。だから復習や家庭学習のためという、学校と同じ理由で宿題は必要と感じて出している。
一方で中学生や高校生には宿題は課さない。個別指導塾などのように接し方が小学生と同じなら出しただろう。ただ、今の中高生の授業形態では宿題が不要だと感じるからだ。
中学生、高校生は塾は「勉強する場所」として機能させている。授業をしないというわけではないが、小学生や中学生段階に勉強で詰まる子というのは、おおむね今までの日記に書いてきた「宿題をするのに苦心する子」だと思っている。その子たちに授業だけして宿題を出して、という学校と同じ形態で指導しても効果が限定的だと思っている。もちろんできる子の場合は逆に家庭学習の課題を課したほうが効果はあると思うが。
だからこそ、当塾では宿題は出さず、代わりに宿題に相当する量の勉強を塾内で課し続ける形式をとった。学校授業のペースに応じて学校ワークを解かせたり、国語のように学校ワークがない科目では塾で準拠ワークを持ってもらって解いてもらう。そこに数学における式の書き方、英単語や漢字の暗記チェック、時折挟む理科や社会の問題練習などを通じて復習の充実を図るのがやり方になっている。
もちろん実力がある子であれば、先取りを進めるのもやぶさかではない。その場合であっても塾内で勉強し続けるだけで大丈夫なようにペースは組む。いずれにしても宿題を無理に課す必要性はないと信じて指導は続けているし、実際それで公立のトップ校に進学したり、通知表の評定が1→5,2→5に伸びる実績もあげてきている。
宿題を出す塾がいいか悪いかの話ではない。塾の指導形態や指導方針から宿題を課すことの是非は変わる。私の場合はその指導方針から宿題を課さないことにしているだけだ。宿題をこなしていって成績が上がる塾はもちろんそれで正しい。
次回の話に続く前提
宿題の話から塾の指導方針に関わる話にまで飛んでいったが、当塾は宿題を課さないことを正義にしてやっているわけではない。指導の進め方の中で宿題が不要になっているだけに過ぎない。
ただし、この指導形態には大きな前提がある。それは「お子さん本人の伸びる意志」の存在だ。これがない限り、当塾の指導方針にはハマりづらいと思っている。来週はそのお話しから続けたい。
