土曜の夜だったか、テレビ(Eテレだったと思う)を家事を手伝いながらながら見していると、中学3年生という子のお便りが紹介されていた。
いわく「今学校で勉強していることは将来には役に立たないと思うので、将来の役に立つ勉強をした方がいいと思う」という趣旨の話だった。ながら見だったので出演者がどう答えたのかまでは見逃してしまったが、いかにも中学生らしいお便りだと半ばは否定的に、半ばはほほえましく感じていた。
半ば否定的と言った中身だが、これはおそらく中学生にはまだ理解が難しい話かもしれない。
この子に限らずすべての人に共通するのは、将来というものの正体だ。過去の積み重ねが今を作っているのと同じように、将来というのは今という時間の集積である。一日を、一時間を、一分一秒を積み上げていくと、それは薄いものであっても積みあがって一つの形が出来上がる。それはさながら数学における積分のように、見えないくらい薄い層を無数に積み重ねた結果が面積や体積になる。
今の価値を最大限にして初めて、面積も大きくなる。四角形に例えるなら、今の価値が高さ、将来までの時間が底辺になる。将来までの時間は平等だとするなら、今の価値である高さをどれだけ高いものにするかが面積を決める。
塾生にも陰に陽に伝えていることだが、テスト前の勉強は誰でもする。その部分の面積はたいして変わらないだろう。だからこそ、早い取り組みを開始して今の価値を高めることが面積(点数)を作る。そのためにも学校の授業をすぐに復習してしまいなさいと伝えている。
そしてもう一つ。今やっていることが役に立たないかを判断することはできないし、将来に何が必要になるかを決めることもできないということだ。未来は誰にもわからない。ぼんやりとした見通しができるかもしれない程度だ。だからこそ、今の価値が大切になる。将来に備えるためだ。将来に必要なものが何かをギャンブルのように予想するくらいなら今を一生懸命にする方が確実で分かりやすいし、将来は今の延長線上にある。未来になって必要なことが見つかったとしても、それはやはり今していることの延長線上にしか存在しない。だからこそ、勉強に限らないが「今」を途切れさせれば将来もなくなる。
今日も塾生に伝えたい。「今」を頑張りぬくものにのみ、将来はある。


