考えて聞くべし、授業も会話も

勉強あれこれ

最近ホームページの整理を考え始めているけれども、なかなかにカテゴリー(ページの右側)がごちゃついていて見にくい。ここを項目ごとに整理しなくてはいけないと考えているのだが、何しろ今までに書いた日記の数が、前に整理して消したものを抜いても696本ある。多いわけでは決してないが、それでもこの数の日記を見ながらカテゴリーの整理とはなかなか骨が折れる。今少し時間がかかりそうだ。

昨日は朝からの大雨警報で学校は休みになったものの、昼過ぎには警報も解除になって塾はいつも通りの一日になった。そんな中、授業中にした話にアレンジを加えてここに書いてみたい。

発端は「授業時にこちらからした質問に対する返答が遅い、あるいはない」と言うことが目立つ点に触れての事だった。そのことに対して怒ったとかカミナリを落としたとかそういう類の話ではない。いい機会だと思って授業の受け方について話をした。

それはとりもなおさず「考えながら聞く」ということ。学校や塾の授業というのは、通常の黒板と教科書とノートを使った授業だけでなく理科の実験であれ、映像を見る授業であれ、実技科目であれ同じで、ただ聞いているだけではなく、「考えながら話を聞いている」ことが前提で成り立っている。

先生は「皆にわかりやすいように」配慮して授業をするのは当然だが、「あなた」に対してわからせてあげるという授業はできない。もしできるとするなら、それは相手が考えながら聞いてくれているという関係が成り立って初めて可能になることだと思っている。

ただ聞いているだけでは話は入ってこない。それを確認する術の一つが「生徒を指名して答えさせる」ことになる。こういう場面ですぐに答えられる子というのは、頭がいいというだけではない。考えながら授業を聞いているから、考えたことをすぐに口に出せたり、もう少し知恵が回るなら聞かれそうなことに対する予想がつくのだ。だから準備して答えることができるだけだ。

これは友達との会話でも一緒。何人かの友達と昨日にしていたことの話をしていたとするなら、「同じことを自分にも聞いてくるだろう」という予想ができるから、知らず知らず答えを準備している。例えばゲームをしていたとか、買い物に行ったというような答えを。だから友人同士の会話はスムーズなのだ。勉強をとっても同じこと。考えながら聞くことをしていると、しぜん先生から聞かれそうなことがわかるようになり、指名されても答えられるか、もしわからないことがあったとしても何がわからないか言えるようになる。最後まで行けなくても途中まで考えているからだ。

聞きっぱなしに意味はない。そしてもう一つ。その習慣は小さい頃からの対話の多い少ないで決まってしまうことが多い。考えさせる会話をどれだけできるか、特にまだ小学生の内は最後のチャンスだ。もちろん中学生になっても手遅れというわけではない。今からでもいい。考えて話を聞く習慣を持たせたいし、親御さんには持たせてほしい。

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