少しばかり学校授業への向き合い方について考えたい。
ちゃんと授業を聞いている子とはどういう子か、ということである。わが子にそうなってほしいと思う親御さんは多いだろう。そこで私自身の経験やその他を見て思うのは、お子さんの中で授業をきちんと聞くのが「当たり前」という前提ができているかどうかがすべてと言っていいくらいだということだ。
成績がいい子、点数がそれなり以上に取れる子は、授業を聞くのが当然という頭になっている。私自身思い返すと、小学校に上がる前の段階から「先生の授業を一生懸命聞く」というのは当然の前提で学校に行っていたと思っている。小学生の授業だから、特に低学年の授業はあまりにも簡単で退屈に感じることも多いのだが、それでも他のことをしよう、聞く必要がないからふざけよう、という類はまるで考えていない。
付け加えるなら、これは親から教わった記憶もない。小学校に上がる前に親から「先生の言うことをちゃんと聞け」とは、多少言われたことならもしかしたらあったのかもしれないが、そうであっても記憶にないレベルだ。授業は聞くもの、宿題はするもの、言われたことはするもの、というのは無意識のうちに当然のものとして受け入れていたように思う。
長じると中学受験などで塾に通う子が出始める。そういう子はとりわけ賢くて、私もクラスにそういう子が少なからずいたが、その子たちが授業内で発表したり話したりする姿を見て「すげえ」と思ったものだ(私自身は小学校に塾通いはしていない)。でも不思議なもので、そういう子ほど学校の授業を真面目に聞いている。宿題を忘れたりした姿は見たことがない。どれだけ簡単だろうが学校の授業は聞くものという前提があったのだろう。
これは中学に上がってもそうだった。高校でもそうだった。できる子、成績が上位の子ほど進学塾などで先取りして勉強しまくっているはずだから、学校の授業なんてもうやったところだし簡単だし暇だろうに、と思いそうなものだが、彼ら彼女らほど積極的に授業に参加する。宿題もキチンとして、発表もしっかり行う。
断言してもいいと思っているが、できる子ほど学校をおろそかにしない。それは学校の授業も大切だから、という建前のような部分だけではない。授業は聞くもの、宿題はするもの、言われたことはするもの、という姿勢が、学校だろうが塾だろうが他の習い事だろうがあらゆる場面で通底しているからこそ成績がいいのだと思う。学校をおろそかにしないから、ではなく、何事もキチンとするのが前提でいるかどうかの違いだろう。
だから塾に通っているからと油断して学校の授業をいい加減にしている子は、それなりの点数はとっていたがやはりそれなり止まりだったように思う。相対評価だった当時、4は取れても5にはなれなかった子が多かった記憶がある。4が取れるのは塾のおかげかもしれない。しかし失礼は承知で言うなら、それと同時に5が取れないのは本人の中にある「前提」のレベルが低いせいだったろうと思う。どこであっても全力で向かい合う、という強い姿勢が貫かれていない結果だろうと思う。
小学生なら中学受験塾に通っている子、中学生なら進学塾に通っている子は特に気を付けてほしい。学校の授業が簡単すぎるからといって学校を軽視するのはあまりにも危険だ。それは内申点に響くというようなレベルの話ではない。あらゆる場面に全力で向かい合うという意志の強さに黄色信号がともっているあかしであるかもしれない。
私は塾内でも学校授業の話はよくする。それは学校の授業の進捗が知りたいからだけではない。話を聞くことでその子たちが学校授業ひいてはすべての場面に対してどれだけ真摯に向かい合っているかを測り、足りない子たちにそれを教え鍛えていくことを目指しているからだ。
もう一度言う。学校授業は全ての根源だ。ここに真摯に向かい合っていくことから成績アップの物語の幕は開いていく。

