デジタル化する学校の補完、アナログ塾

日々の考えあれこれ

ノルウェーで小学生の生成AIの利用を禁止する方針を決めたというニュースがあった。読み書きなどの基礎の学力低下を懸念しての施策らしい。賛成と言いたいが、やや大きい話をするなら、すでにできてしまったものをなかった昔に返すのは難しい、というよりほぼ不可能だと思う。でも、歯止めをかけるだけなら可能かもしれない。ノルウェーのこれからに注目したい。

一方で日本の話だが、少し前のニュースで「デジタル教科書の本格導入」という話が出た。これまでは紙の教科書の補助としてのデジタル教科書という運用だったが、本格導入によって、紙の教科書を使わずにデジタル教科書だけで授業をすることも可能になる。

デジタル教科書というと、昨年だったかスウェーデンで廃止されたという出来事がある。廃止は言い過ぎだが、少なくとも義務ではなくなっている。基礎学力の低下、国際的なテストの成績が下がったというのがその原因だそうだ。

デジタル教科書のせいで学力が下がる、というのはあまりに短絡的な議論だからしたくはないが、一定程度存在する「地頭がよくない子」という層には、手を動かす練習でできることを増やす方がいいとは思う。デジタル教科書は「自分で書いた」という成果が目の前に積まれにくい。頭がいい子は、ツールに関わりなく利用できるが、全員がそうはいかない。

もうひとつ懸念していることがある。多くの中学生が知っていることと思うが、配布されたタブレットのフィルタリングをはずし、YouTubeを見たりする子がいる。対策をしてもその穴をついてまた外される、といういたちごっこも聞いたことがある。ここまでくると、お上公認のサボりグッズ配布という笑うに笑えない状況になる。とある中学校では、ノートパソコンのカメラを作動させたまま教室に置き、体育の授業で女子が着替えるところを盗撮しようとした事件もあった。はっきり言えば余計なトラブルを増やしているだけに過ぎない。その中学では女子だけ着替える場所を変更することにしたらしい。

上にも書いたけれど、技術はできてしまった以上、それがなかった昔に戻ることはできない。だからその技術をどう活用するかに考え方をシフトするしかないとは思う。そんな中、私はどうすればいいか。模索は尽きないが、学校を補完する、学校で足りないことを補うのが塾の役割だと思っている。

できる子の物足りなさを埋めるのもそうだし、逆についていけない子のフォローもそうだ。では、学校がデジタル化(GIGAスクールとかいうもの)に動く今、私にできる補完は、やはり地道な努力の積み重ねをさせることに尽きるのかもしれない。

それが自称アナログ人間である私のアナログ塾なのだろうと思っている。

におか塾は、尼崎市立花町の「勉強を鍛える学習塾」です。

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