昨日の日記で地頭(ついでに発達障害)を少し考えのままに書いてみた。

地頭が悪い、発達障害の傾向がある、そういう人たちも社会に吸収する器がある程度あったのが昔だった、という趣旨のことを書いたが、今はどうか。
まず人口減、少子化がある。どんな時代でも一定の割合で地頭が弱い人や発達障害の傾向がある人はいると考えると、少子化で分母が減った分そういった人たちは割合は一定でも絶対数が減る。そうすると、同じタイプの人たちが集まる場が減ったりする分、集団で浮いてしまう。
こうなると、その他大勢の人たちと同じ進路を歩もうとさせることになる。となると進学を考えるようになる。何しろ大学進学率は現在50%を超えているのだから。この土俵に立つと、当然頭の良さの勝負に飛び込むことになるので不利に立たされてしまうという負の連鎖に陥りがちになる。
では私はどう考えるか。頭の良さは背の高さと一緒だと私は考えている。能力の壁はどうしても存在するのだから、もしも子供がそういう壁にぶつかるようなら、その壁をまずは受け入れるようにした方がいいだろう。
そのうえで、評価軸を他人との競争に置かないことだと思う。今現在自分にできる範囲で目いっぱい努力すること。そこに価値が見いだせるなら、高校入試であっても偏差値やランクのようなものとは異なる見方ができる。進学先に決まった高校が「できる範囲の中で目いっぱい手を伸ばした結果つかんだもの」であるかどうかに価値を置くのだ。これを私は日記などでも書いているが「入ったときの矢印が上向きになっている」状態と称している。


そしてこの「入ったときの矢印を上向きにする」ための日々の声掛けや指導が、これからの私の主たる指導目標である。地頭の話からはずいぶん離れてしまったが、能力の壁は受け入れ、その持てる力の限り100%を尽くさせてあげられる場に、塾を作り上げていく。
