昨日の授業内での一幕だが、高2生に科目選択の決定を促す会話をした。
それは、来る大学受験に対してどうしても必要で、例えば文系で国公立大学を受けるのなら数学と付き合わなくてはいけない。付き合い方もいろいろで、二次試験まで数学が出されることもあるし、共通テストのみ数学が課される大学もある。
一方で私立大学であれば、数学は要らなくなる(選択科目になる)し、社会も1科目で済むなど、勉強の内容が大きく変わる。そして往々にして、国公立大学を受けると決めた場合、科目負担の大きさから勉強の開始は嫌でも早くなるので、結論を早く出そうという趣旨で話した。
考え方がいろいろなのはわかったうえで言うが、国立大学の受験にはそれ相応の覚悟が必要だ。件の塾生には、「死ぬ覚悟がいるよ」と話した。そのうえで付け加えた。「死ぬ覚悟があるなら俺は地獄まで付き合ってあげるよ」。
塾生全てに言えることだが、私は塾生たちが本当に覚悟を決めて挑むというのであれば、そこに決死の覚悟を見せるのであれば、私は地獄まで一緒に付き合う覚悟はある。そもそも塾を開きたかった動機なんて、つまるところそこに尽きるのだ。本気の人間に全身全霊で応える場、それは大人同士でもありうることではあるけれでも、多様な選択肢の中で私は「子どもたちのために一緒に地獄まで付き合う」道を選んだのだ。
どんなに疲労困憊してもかまわないし、どんなに恨まれても嫌われてもかまわない。死ぬ気で目標に挑む覚悟を見せた子には、こちらも死ぬ気で付き合いたい。
少し情緒的な話になったが、たまには塾生に対する私の覚悟を文章にしておきたくなった。

