手を放すタイミングを見極める闘い

勉強あれこれ

指導に当たって一番難しく、そして大切なことのひとつが「どのくらい手を貸してどのくらいで手を放すか」の塩梅だ。

面倒見の良さというのは確かに塾にとって大切な要素であるし、面倒見の良い塾というのは響きがいい。ただし、面倒ばかり見ていても成績は伸びない。

ここからは月並みな話ばかりになってしまうが、勉強していて成績が伸びるのは授業を聞いている間ではない。自分で手を動かし、頭を働かせてウンウンうなって考える時間になる。指導に当たるうえで大事にしなくてはいけないのは、この自分で動くまでの流れをつくってあげること。そして自分で動くようになった段階での動き方を示してあげること。そして流れに合うように動かさせてあげることにある。

面倒見を発揮するというのは、その「自分で動く」段階までをいかに手厚く見てあげられるかにかかっている。それ以上の段階になっても手取り足取りしなくては動けない状況では成績は伸びないし、むしろ「あんなに見てあげたのに」と指導する側が無力感を感じたり、「あんなに見てもらったのに」と我が子の能力に疑いを持ったり塾に対して悪い思いを持ったりすることにもなる。

だからこそ、私個人も塾生の様子を見て、どのタイミングでどのようにして手を放すかを常に考えなくてはいけない。ときどき保護者の方にもお話しするのだが、成績が伸びる子、よくできる子ほど私から声をかけられる機会は少ない。誤解されると困るのだが、これは苦手な子にばかり労力をかけているからではない。自分で課題を見つけて走っていくべき段階にいる子だという認識でいるからだ。こういう子にはむしろ、あれやこれや口出しする方が逆効果だ。もちろん放置しているわけではないので、さらに点数を伸ばすために取り組むべき課題を提示したり、難問を与えて知識の幅を広げる手助けをするなど、自走の質を高める方向に向かうことになる。

授業はペース管理のため。実力は自分たちが手を動かすことで身に着けさせる。この車の両輪のような指導の中で、授業以外の時間をどのように充実させるか。そのためにどこまでは手を貸し目を配り、どこからは手を放し、自走の質を上げさせるか。毎日の指導の中で闘いは続いている。

におか塾は、尼崎市立花町の「勉強を鍛える学習塾」です。

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