昨日は朝からホームページの管理画面が開かず、「あれ?」と思ってみていると、サーバーメンテナンスの予定が出ていたので、「なんだ、終わったら戻るか」と思っていると、予定の時間を過ぎても治らない。8時に終わる予定が、9時になっても復旧しない、10時になっても戻らない。
ようやくお昼前になって、サーバー会社のホームページで「メンテナンスに伴うアクセス障害」のアナウンスがあったので、「あ、うちだけじゃなかった」と安心した。
待っている間、いろいろ考えながら過ごしたが、メインで考えているのはこれからのこと。来週にはゴールデンウィークが始まり、明けるころには新学年から1か月経過。残っているこの4月の間に基礎の積み上げをしっかりさせていくことが、5月からの勉強に必須になる。
そのために今取り組んでいるのが毎回の5問テストだが、問題は毎回その子に合わせて変えることにしている。そのためにも、普段の授業の様子から、全員の勉強の進み方、何がわかっているか、あるいはわかっていないかを観察し続ける必要がある。観察するだけではなく、改善の手を打ち続けなくてはいけない。塾として、あるいはテストの高得点のために必要なこととしてのペースは維持し続けながら。難しいことだが大切なこと、当たり前のことだが、当たり前すぎるがために一度は言葉にして、自分に言い聞かせなくてはいけないこと。これがひとつ。
もうひとつは、復旧を待つ間に見ていたYouTubeで紹介されていたニュース。リンク先に張り付けられている動画が、私の見たYouTubeだ。なんでも2030年度から小・中・高校生に卒業論文のようなものを課すことが、文部科学省で検討されているらしい。話題はそれだけではないのだが、どうもどこを切っても「探求」の深堀りが眼目になっているように思える。
探求学習については何度も書いてきた。


探求学習の意義を否定するつもりは全くないが、前提知識や、文の書き方などを訓練せぬまま、考えて経験してまとめるなど不可能だ。小6生の大半がまともな文章など書けないことは、先生方もよくご存じのはずだし、もっと言えば中3生であってもまともな文章が書ける子は少ないだろう。卒業論文という言い方はいささかわかりやすさ重視のきらいがあり、おそらくはレポートの拡大版に落ち着くだろうとは思っているが、紙で出すのかデータで出すのか知らないが、文章を全く載せないまま提出はできないだろう。
ただ、今のままだとこれらがうまく機能しない未来は予想できる。それは一つには、上にも書いた通り前提知識や文の書き方などの訓練が不足していては、ろくなものができないと思うから。そしていま一つは、大学受験が変化しないかぎり、学校の勉強と受験勉強の乖離がひどくなり、子供たちの負担が増すだけだと思うからだ。それでなくても、関学のように学力試験への回帰をうたう大学が出だしているのだから。
その中で私に何ができるのかを考えているのだが、これからますます探求の割合が学校の授業の中で増えるのなら、私は「学校の影法師」たる塾の立場を捨てなくてはいけないのかもしれない。

