3月が終わりを迎える。
今週は、科目によっては新単元に入る。ここからは復習と予習のバランスを取りながら、新学年開始に合わせて理科や国語の授業計画も練り始めることになる。
前から何度か書いたことではあるが、4月の間は英数の予習、期末試験の範囲プラスアルファまで進めきることに重点を置いている。金曜に塾生に話したことだが、「学校で英語や数学の授業を聞いたときに『ああ、もうわかってるから大丈夫』と思えていれば、とりあえず第一段階はクリアと思っておきなさい。」ということを言った。余裕をもって学校の授業を受けられる状況を作り出すことが、塾での授業の第一の眼目であって、のちの定期テスト対策でその真価が発揮されると考えている。
そのために必要なのが、繰り返しの授業と徹底した練習だ。学校で授業が始まった段階で100%に近い状態に仕上がっているかどうか。そこに集中して授業を進めたい。
お話変わって、この日曜に、花見と散歩を兼ねて久しぶりに大阪城を訪れた。桜はまだ満開の花盛りとはいかないものの、本丸やお堀と満開間近の桜が相まって、いい景色を見られた。
先日、高3生の古文の授業で話したが、「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」という和歌(伊勢物語)とあるように、古人は桜の花にいろいろなものを見た。命のはかなさもの悲しさ、盛りを迎えられる時期の短さ(満開の桜も2週間もしたら散ってしまうことから)など、無常観というべき、古き良き日本人の心にフィットするものだ。
とはいえ、桜も植物の一つだ。他の花や木と同様、夏秋冬それぞれの時期を経て、葉をつけ、実をつけ、それらも散って裸になりながら寒い冬を越えれば、また来る春に満開の花を見せてくれる。
人間も同じ。いちど盛りが過ぎたからもう終わりではない。暑い夏、寒い冬のようなつらい時期、耐える時期を乗り越えれば、また来る新しい盛りを迎えられるのだ。それもまた、桜の花が教えてくれることと考え、帰路についた。
また来年もどこかで素晴らしい桜が見られますように。そしてその桜の花のように、風雨や暑さ寒さに耐え、美しい春を迎えられるような人生を送っていきたいと心から誓う。

