信じて待つ心

日々の考えあれこれ

昨日、小学4年生(新5年生)の算数の授業中のこと。

前から少しずつ感じていたことではあったが、飲み込みがどんどん早くなっている。

事情があって小学2年生から見させていただいている(通常は小3から)子だが、この数か月の間に、見違えるほど理解が早くなっているのだ。

体積の問題での一幕。よくある「直方体から直方体を切り取ったような立体の体積」を求める問題だったが、多少の勘違いこそあれ、理解をして解いているのが宿題をやってきたテキストを見てもよくわかる。昨年、これと同じ要領で長方形から長方形を切り取った面積を求める問題もやっていたが、あの時はあんなにもできなかったのに。そのことを話すと、その子は笑っていた。

以前はずいぶん叱ったことがあった子だったが、この半年くらいは全然そんなシーンは起こらなかった。たいしたもんだ、と思っている。

当たり前の話だが、子供は成長する。それがいつなのかわからないので、親や教師としてはやきもきすることも多いし、実際多いだろう。

それでもなお、私は自身の経験から言い切れることがあって、「いつか必ず成長カーブを描く時が来るのだ」と信じていれば、どこかで必ず結果は帰ってくる、ということ。これはきれいごとではなく事実だ。

「そうは言っても、最後まで結果出なかった子もいるし、成績が伸びなかった子もいる」と思われるかもしれない。しかしそれは、いろいろな間違いを含んでいると思っている。

まず最初は、信じ切ってあげられなかったためにうまくいかないパターン。我慢比べに近い様相に耐えきれず、成績のことで叱る、問題集を大量に買い与える、本人が乗り気でないのに塾に通わせる、通っている塾を急に変えるなど、具体的な行動に移したり、子供の課題に介入してしまう。これでうまい結果になるのはまれだろう。少なくとも私は見たことがない。口を開けば「我が子を信じている」とおっしゃる方々ほど、実際は信じていないのがわかることが多い。

もう一つは、成長に期限を切ってしまっている点での勘違い。「高校入試があるから」と中学3年間の成績までで成長を判断してしまう、「受験生になるから」と2年生が終わる段階で進路を判断してしまう、などがそうだ。成長というのは階段を上ることだと思っている。その上る速さや、一歩で上れる高さにはもちろん差はあるが、人間、いつその一歩がジャンプ台になるかわからない。それを、いくら人生のステップは受験のように無慈悲にやってくるとはいえ、期限を切ってその段階で将来に至るまで判断してしまうと、大きな禍根になると思っている。将来の成長の芽を摘む考え方だ。

偉そうなことを言うが、私だってこの「信じ切る」に至る前に、無理やり行動に移してしまったりして後悔した経験はあった。その苦い経験が今の私の考えをつくっていて、いかに伸び悩んでいようが、「いつかはジャンプ台を踏む(努力を投げ出さなければ)」と信じることが心の奥底にはいつもある。

これからも、どこまでも我が子を信じて信じて信じ抜いてくれる親御さん、不必要に子供に介入せずに見守ることだけを続けてくれる親御さんとともに、私は子供たちの成長を応援していきたい。そしてそういう子たちは、必ずと言い切ってもいい、それぞれにおける「満足いく結果」を残していってくれている。

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