以前、単語テストを実施した中学生をかなり強い言葉で叱責した。
普段から少しづつ間違えることがあったり、覚え抜けがあった生徒だ。
いずれ機会が来れば強く言わねばなるまい、と思っていたが、その時が来たのだ。
「前からちょぼちょぼ覚え落としがあったよな。そういう『ちょっとくらいしょうがない』みたいな気持ちが積もり積もって今日みたいな点になって爆発するんや。普段から完璧を目指して追い込むことができてないからこうなるんや。自分を見つめ直して意地でも『満点にする』っていう気持ちで出直せ。」
こんなことを外にまで聞こえるような大声で伝えた。その生徒は涙をこらえて帰っていった。
昨日はその再テスト。結果は合格。
私が丸つけをする間、食い入るように私の手元を見つめていた。
これは、私の叱責が刺激になって塾生が取り返してきた、という何かしら私の指導にまつわる美談のような話をしたくて言ったのではない。
昨日の日記でも書いたことだが、基礎が身についた強い人間であれば、覚えきることがまるで自然であるかのように基本動作としてしみついている。叱られるような刺激でないと立ち直れないようではまだまだだ。
でも彼はまだ中学1年生。きっと基本動作を取り戻して身につけ、ここからまた一歩、強い人間への歩を進めてくれると私は確信している。
私はこの「強くなる」ための意味を込め、「満点以外は点数ではない」と伝えることがある。
これ以上覚えることはない、もうどんな問題でも解ける、と自信いや確信を持てるまで追い込み切る気概を養ってほしいのだ。現実は無理かもしれない。それでもあくまでまっすぐ「満点」を目指す強さを持った人間を目指してほしい。
この気概、意地のようなものが見えた時、皆顔色を変え、それまでの自分の殻を破り、自分にとって最高記録になるような成績をとるものだ。
恨まれようが嫌われようが、私は信じて伝え続ける。


