勉強は自分のもの

中学生

今の塾生、とりわけ中2生以上の付き合いが長い塾生は、私が何も言わなくても勉強の用意を取り出す。私は自分でも認識しているが変わった指導形態で、授業をするときのみ科目や範囲を予告するが、それ以外の時間に何をするのかはあまり口を出さないようにしている。

例えば、社会ばかり勉強している、基礎的な問題ばかり練習していて点数の上積みを目指す練習が足りないなど、勉強の中身にかかわる話はするが、具体的に「いつまでに何をやれ」というのは、試験前のような押し詰まった時期以外はしない。

そうすると、塾生は塾に来て、座るなりおもむろにカバンから教材を取り出す。それは学校のワークであったり、学校で配られた補充プリントであったり、塾で最近授業した範囲の問題集、テキストであったりだ。そして、試験前のような時期を除くと、その取り出すものはおおむねポイントを外さない。

だから、「あ、それやるんか。じゃあ答え合わせだけは細目にせなあかんで。」のように指示をするか、「今はスピードではなく正確に答えられるかにこだわろう。」や逆に「今の段階なら速さも少し意識しよう。試験には制限時間があるからな。」など中身というより取り組み内容に関する指示が多くなる。今年度になって、一気にこの状況が生まれるようになった。

もちろん今までだってなかったわけではないが、今は全ての子が「これをやらなきゃ」という顔になっているように私には感じられる。

実際のところ、勉強は自分のためにやるもの。自分で意識ができないと、到着するなりいきなりカバンから勉強の道具を取り出す発想にはならない。「さあ、今日も来たぞ。さて、僕は私は何をしたらいいのか教え給え」とでも言わんばかりの子も昔はいた。悪口を言っているのではなく、そういう気持ちになる子がいるのも当然だと思っているし、そういう子にはもちろん、「さあ、まずは数学から練習してみようか」のように声をかける。ただ、こういうタイプの子で成績が劇的に伸びた子は一人も見たことがない。

中1生のように、初めての定期試験を迎える子にとっては、まだ実感がわきにくいだろう。もしかしたら初めての試験で頭を打つ経験をする子もいるかもしれない。その時に、「自分の勉強だ」という意識を持てるか、「言われないと自分から動けない」から脱却できないか、「言われたから仕方なくやる」としか考えられない状態か、勉強への意識の分水嶺になる。

もちろん私は、その分かれ道に差し掛かった時に「あの時先生が言ったとおりだった」と感じてもらえるよう、恨まれても嫌われても伝え続ける。

におか塾は、尼崎市立花町の「勉強を鍛える学習塾」です。

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