基準は平等、指導は客観的に情熱的に

塾の授業あれこれ

高3生が大学受験生となり、私も授業における態度を変え始めている。

ずいぶんいろいろなことを言われているせいか、顔色も沈みがちなことが多くなっているが、私が伝えていくことはいたってシンプル。

志望大学があって、そこに向かうには「今の時期こういうことができていなくてはいけない」、勉強するにあたっても「ライバルは誰か、どのようにライバルと同等以上の勉強をすべきか」「入試ではどんな角度からでも問題にして聞いてこられるのだ」など、常時意識しておくべきことをこれでもかと叩き込んでいく。

高校受験でも中学受験でも、あるいは定期テストでもそうだが、「あの学校を受けるのなら、〇〇がこの時期はできていなくてはいけない」、「90点以上取る子はこのくらいの問題が解けている」というものがどうしても基準として存在する。

指導する立場で言うと、その基準を伝えることがどうしても必要になる。これは指導の形態がどうであれ変わらない。個別指導の形を高校生に対してはとっているが、個別指導だとその子一人ひとりの個性に合わせて指導するという建前があるものの、受験や試験自体は受験生の個性を半ば以上無視して進むのが当たり前だ。結局のところ客観的な事実を伝える必要がある。足りない部分は「足りない」とはっきり言う以外ない。伝え方を変えていくのがせめてもの個別最適化と言うべきか。

一人ひとりに寄り添う指導なんて、塾をやっていれば誰でも当たり前に考えること。この子にこんな言い方して大丈夫か、と考えたり悩んだりすることはあるものの、客観的な事実を曲げることは誰にもできない。だから極力、目標に対してすべきことは、個人的な感情を交えずに伝えるに徹する。

共通テストまでは8カ月、私大の入試本番までは9カ月弱、高校3年生が、一人前の大学受験生に変わる日を信じて、厳しくていやなオッサンに変身していく。他の子も同じ。テスト時期が来れば目標を聞き、足りない部分は熱く、冷徹に、厳しく優しく伝え続けることになる。

におか塾は、尼崎市立花町の「勉強を鍛える学習塾」です。

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