参考書ルートというものが広まって久しい。
大学受験界隈で使われる言葉であり、簡単に説明すれば、「志望校から逆算して進めていく、参考書の種類及び順序」ほどの意味だ。
中学受験は各塾のテキストが中心になる(四谷大塚の予習シリーズなんかが有名)こと、高校受験は主として公立高校レベルが中心になるせいで参考書の種類もバリエーションも少ないことがあって、参考書ルートという言葉が使われることはほぼない。
いろいろな塾(大学受験メイン)やYouTubeなどを見ていると、参考書ルートが紹介されたものが多いが、これらを見ているとふと疑問に思うことがある。それは「こんなんホンマにできるん?」である。
とある参考書ルートを見たが、まあすさまじい。英語だと、「英単語集(志望校によっては2冊以上)、英熟語集、英文解釈の本、文法語法問題集、長文問題の本、(有名大学の場合は)大学別の参考書、大学の過去問、場合によってはプラスアルファ・・・」。書名は伏せるが、これを終わらせるのがいわゆるルートという奴らしい。
まず素朴に感じること。これらはどのくらいの期間で終わらせるのだろう。高校3年生の1年間でできるのか。受験科目が英語だけだというのならそれでもいいかもしれないが、私大文系であってもここに国語と社会(または数学)がある。慶応のように国語の代わりに論文を課す大学もある。当然のことだが、数学にも社会にも国語にも同じような参考書ルートはあるだろう(もう挙げていくのが面倒だから書かないが)。学校もある。塾もあるかもしれない。そんな中でできるのか。疑問しかわかない。
もう一つ感じること。「終わらせる」とはどういうことだろうか。言葉の定義に突っ込みたいわけではないが、私にとって参考書を「終わらせる」とは、中にある考え方を身につけ、入試問題などの初見の問題でもそれら知識や考え方を転用、応用できるようになることだと思っている。中身を全部読んで、収録されている問題を全部解けば終わり、というようなものではないはずだ。英文解釈なんて何度同じ問題を読めばマスターできるだろうか。私の受験生時代を振り返っても、予備校の英語テキストは何度も読んだ。授業で先生が話していた声色まで蘇ってくるほど読んだ。これが予備校テキストより問題も文字情報も多い参考書だったら何か月かかるやら。
参考書ルートを眉唾だと否定したい意図はない。ただ、私の中にある「参考書と付き合う」という勉強にとって、参考書ルートというものは全く相いれないということが言いたかっただけだ。私は、参考書は多少難しいものがいいと思っている。それに時間をかけて取り組み、書かれた内容をすべて理解するまで取り組み、入試や模試の場で転用できるまで取り組む相棒ともいうべきものを見つけてそいつと心中するくらい付き合おうよ、と言いたいだけなのだ。そのために「その子に合う1冊を厳選し、足りなければ追加する」という考え方で選びたいと思っている。
ここまでは参考書ルートおよび参考書に対する私見。実はもっと言いたいことがあるのだが、長くなったので明日にしたい。