少し厳しい話を書く。それも数日間にわたって。
何度かブログなどを読ませていただいていた塾があるのだが、そこがもうすぐ閉校されるらしい。ホームページの写真などを拝見する限りまだお若いと思われるので、「高齢になってしんどくなった」などではなさそうだし、盛況のように思えたから、昨今ニュースになっている「学習塾の倒産増」のような経営の行き詰まりでもなさそうだ。
思えば、まだ雇われの身であったころからいろんな塾のホームページやブログなどを読ませていただいた。心を揺さぶられる筆致でつづられたブログもたくさんあった。ただ、その人たちの塾も今はもうない。そして上で書いたように、そこも経営に行き詰まったわけでもなさそうなのに。
別に塾を特定したいわけではないから、地域などは一切書かない(尼崎ではないとだけ言っておく)が、これらに共通する特徴はある。
厳しい塾だということだ。
地域の偏差値上位校などに合格者を数多く出しているが、勉強のさせ方や指導がとにかく厳しい。ブログで言っていることと本当のところのギャップまでは知らないし知りようもないが、文面から伝わる厳しさだけはとにかくビシビシ伝わる。そしてSNSなどを見ても、私が以前書いたような愚痴の類のポストは一切なく、他人と言い争うような場面もなかった。
ただ一方で、この先生方の苦悩の多さは何となく感じていた。それが何なのか、最初はよくわからなかったが、今になればわかる気がする。それはとりもなおさず、塾を含めた「学習、教育環境の変容」だと思う。もっと大きい視点で言えば、親や家族、学校や地域社会を含めた「子どもへの意識の変容」だと思う。
簡単に言ってしまうと、子供に無理をさせることに対する抵抗感の強さの問題だ。コロナ禍など、外的要因は様々あるだろうが、子供たちが嫌がることに対して、大人たちが過敏になってしまっているということだ。
戦前の反省から集団主義から個人主義へ、全体の調和の優先から個性尊重の時代へ、時を経るごとに、教育にとどまらず様々な考え方や常識のボーダーラインは動き続けてきたし、今も動き続けているし、これからも動き続けるだろう。
そして今の価値観の大きな特徴の一つは、「子どもがどう感じるかを基準にする」ことにあると思っている。
この話、しばらく続けます。




