集団、個別、その場その場で対応を変えながら、というスタイルで進んでいるこの塾であるのだが、集団で勉強することには大きなメリットがある。頑張る子の姿、伸びていく子の姿を見せられる点だ。
私の方から殊更に、「〇〇くんは頑張ってるぞ」のように督励することもゼロではないのだが、頻繁にそんなことを言わなくても、背中で闘う姿を見せてくれる子がすぐそばの席にいる。
さらに言えば、集団塾のように同じ学年の子だけが集まるわけではないため、見渡せば上級生がいる、下級生がいる。高校生もいる。私からいや事を散々浴びせかけられながら、それでも負けずに食らいついて毎日勉強する先輩がいる。
あっさり白状してしまうが、開塾当初あるいは「どんな塾にしようか」と思案していた当時は、このような形態の塾になることは想像していなかった。最初に来てくれた子に接していくうちに指導のスタイルが固まり、次に来た子にも同じようにし、気が付けば今のスタイルになってきた。
大げさな言い方をすると、これは「文化」だと思っている。今までの塾生が、卒塾した子も含めた塾生が、私との日々を過ごしてくれ、その中で見せてきた姿がのちに入ってきてくれた子たちにも伝播していく。一人ひとりと向き合っていく中で、私自身も凝り固まっていた「塾とはこういうもの」という固定観念のようなもの、こだわりのようなものを解体し、今のような形に作り替わっていった。
歴史に例えれば、おかしな言い方になるが私のような一人の指導者、王のような存在が作り上げるのは文化とは言わない。制度である。皆がそれぞれに同じ目標に向かって行動し(塾であれば成績を上げる、点数を取るなどがそうか)、その中で培われる、ある種自然発生的な振る舞いや慣習のようなものが作り上げる、それが文化だ。
そして私はその文化の一員に過ぎない。本当にありがたいことだと心から毎日感じている。

