昨日、小学生にこんな言葉を紹介してみた。
身体髪膚之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり。(しんたいはっぷこれをふぼにうく。あえてきしょうせざるはこうのはじめなり。)
中国の古典、孝経の中にある言葉だ。我々の体は、髪の毛や皮膚に至るまで父母からいただいたものである。これを傷つけないようにすることが孝行の始まりである、というほどの意味だが、これを見ていた小学3年生が、8割がたの意味を私が説明する前に読み取ってしまった。
聞いていると、それぞれの字が持つ意味を一つ一つたどりながら、上に書いたような現代語の意味を、たどたどしくはあれど言い当てていくのだ。わからなかったのは「孝」の意味だけだった。見たことがなかったのだろう。
字には不思議な力がある。ことに漢字には、それぞれ意味があるので、読み方や書き方だけではなく、その意味をたどれば、一見難解に思える字句やことわざなどであっても、たちどころにその意味するところをとらえることができるのだ。
さらに大きいのは、これをまだ10歳に足らぬ子であっても解することができる点だ。字に興味をもって育ってきたのだろうなあ、と妙な感慨を覚えた。
本当は親孝行の話をするつもりだったし、もちろんその話はしたのだが、何より昨日は字を解することの大きさを改めて感じる一日になった。