昨日は参考書ルートについて私見をつづってみた。
その中で、もっとも言いたいことがあるという趣旨のことを書いたのだが、それは参考書のことでもなければ、参考書ルートのことでもない。もっと言えば勉強のことでもない。
情報についてだ。
参考書ルートの話がYouTubeなどで喧伝されるようになると、特にコメント欄などでこんな書き込みが散見されるようになった。
「〇〇(参考書の名前)の後は何に行くのがいいですか?」
自分の目指す大学について、自分の行きたい大学について、ルート(道程)を自分で作る気概がない受験生が果たして成功できるのかはなはだ疑問なのだが。
私が言いたいのは、自分の目指すものや行きたい大学、もっと言うなら人生の道筋を誰かに頼ろうという姿勢が気に入らないのだ。自分の考えた道筋について誰かにアドバイスを求めるのはもちろん必要だろう。独りよがりというのももちろんよくないことであるからだ。
以前こんなことを書いたことがあるが、情弱だけで済むものではないのかもしれない。自分の人生や自分の希望に対してでさえ他人任せに陥る、そんな姿勢がいいわけないではないか。ましてや参考書ルートを作った塾や配信者は、それが100%そのレベルの大学に行けることを保証なんてしていないし、保証なんてできるわけがない。
情報が有害だというわけではないが、情報を活用するには、それに応じた精神なり思いなりの強さがなくては泳がされるだけ、流されるだけだ。決断した自分に対する責任感なんて毛ほども持てず、他責思考に陥る恐れがあるとさえ思っている。
参考書ルートを否定したいわけではない。これは大学受験に仮託しているが、往々たる自分の人生に関して考えべき問題だ。それを言いたいがために参考書ルートをあえてやり玉に挙げてみたが、進学であれ就職であれ、フリーランスであれ起業であれ、決断する強い自己を第一にしなければ、その先にあるのは軽薄極まる将来のすがたでしかあるまい。