以前あった話。
塾生の一人が時間になっても現れなかった。遅刻かな、部活で遅くなったかな、と思って少し待っていると、扉を開けて「すみません」と塾生がやってきた。「遅かったな、どうしたん?」と聞くと、横にはお年寄りの女の人がいる。「この人が道がわからなくなってるみたいなんです。連れて行ってから来てもいいですか?」と彼は言った。「どこかわかるんか?近いんか?」と聞くと、「はい、近所で場所もわかりますから大丈夫です。すみません。」と言って、彼はその女性を送ってすぐに帰ってきた。
たまに私は塾生に「困った人がいたら真っ先に助けに行ける人間になれ」と言うことがある。塾生からは「私はこれこれこういうことをしたことあるよ」といった反応が返ってきたこともあり、頼もしく思っている。勉強だけがすべてではない。人を助けられる力を持つことも、私の考える「強さ」の一つであることは間違いない。
情けは人の為ならずと言う。若いころ、私は実家マンションの近くの公園のベンチで財布を置き忘れたまま、気づかずに帰ってきてしまったことがある。次の日に同じ棟の住人の方が届けに来てくださるまで気づかなかった(財布の中の免許証で私がわかったらしい)。丁重にお礼を言ってそれを受け取った後、母は私にこう言ってくれた。「ええか。なんで〇〇さん(拾ってくれた方)のようないい人がアンタの財布を拾ってくれたかわかるか。お父さんが拾ったものは絶対にネコババせずに交番に持っていくような人やから、因果が巡ってこういう形で返ってきたんや。お前も困った人を見たら助けるような人になりなさい。落し物は絶対に届けるような人になりなさい。」
私も拾ったものは必ず交番に持っていく。子どもの落とし物なら近所の小学校に持っていく。困った人がいれば、自分にできることであればひとりでに体が動いて助けに行く。何も自分の行いを自慢したいわけではない。これが当然のようにできる人を一人でも多く増やしたい。塾屋の仕事ではないかもしれないが、これができる人は勉強だけできる人間よりも尊いと思っている。