「毎日机に向かっているのに」「うちの子は頭が悪いのかなあ」
または「あの子はあまり勉強してなさそうなのに成績がいいのはなぜだろう?」
こんな疑問ってたまにありますね。
そしてこんな考えが表れます。
「うちの子は頭が悪いのか?」「僕は才能がないのか?」「そもそも勉強に才能は関係あるの?」
私なりの考えをお話ししたいと思います。
勉強は平等というのは半分ウソ(半分は本当)
結論から言ってしまうと「勉強に才能は影響します」。
でも、こんなことを聞いたことはありませんか。
「スポーツや芸能と違って、勉強は平等だから努力でなんとかできる」
確かに間違いではありません。だからといって100%正解ともいえないと私は思います。
その意味を考えていきます。
スポーツと勉強の違い
スポーツの場合、全国大会で優勝したり、オリンピックに出場したり、プロ選手になるためには、それこそ血のにじむような努力とライバルとの競争に勝ち残る力が必要です。
ただ、同時に生まれ持った体格などにも恵まれていないと、そもそも競争の土俵にも立てないのも事実です。
例えば、大相撲の新弟子検査では身長が足りないと合格できませんし、競艇選手の場合、逆に身長が高すぎると選手養成所に入れません(身長が高すぎると体に受ける空気抵抗が大きくなってレースに勝てないからです)。仮にルールによる規定がなかったとしても、野球やサッカー、テニスなど一般的なスポーツは身長が高いほど有利です。そしてこのような身体的な特性は、努力によるリカバリーが効きにくいものです。
一方、勉強の場合はどうでしょうか。
勉強の場合、体格のハンディキャップはまずありません。使うのは頭なので、よほどのことがない限り誰でもできます。だからこそ、「うちの子は他に取り柄がないから勉強だけでも頑張らせよう」などと考える親御さんがいらっしゃるのです。そして、「勉強は平等です」という考えが生まれるのだと思います。
勉強は平等ではありません
ところが、教室で同じ授業を受けていても、できる子とできない子の差が生まれます。
「いや、勉強してないだけでしょ?」と言われるのかも知れませんが、これは塾などに通っているお子さんの間でも起こる話です。残酷な話ですが、塾でまじめに毎日授業を受けて、家庭でも宿題などに真剣に取り組んでいるお子さんにだって起こる話なのです。
よく聞く話ですが、こういうお子さん(真面目に頑張っているのに成績が上向かないお子さん)の親御さんの中には、「アンタ何やってんの!」「何でできないの!」と叱責してしまう方がいらっしゃいます。そして、頑張っているのにさらにお子さんを追い詰めてしまい、お子さんはさらに無理をして、それでもなかなか成績が向上しないのでまた叱責され、という不幸の連鎖になるご家庭があるといいます。中学受験の世界で多いみたいです。
なぜこんなことになるのでしょう。
実はここに「勉強だって不平等だよ」という事実、そして「その事実に周りの人間や家族でさえも気づいていない」という事実が表れているのです。
どういうことか。お子さんが勉強に向いていない可能性がある、もしくは能力が芽生えるのがまだ何年か先である可能性があるにもかかわらず、それが目に見えないので判別できないのです。判別できないだけならまだしも、周囲の人間が勝手に「勉強は誰でもやればできる」と勘違い(思い込み)をしているのです。
再び運動との比較
スポーツと勉強というより、ここでは運動と勉強という軸で分けてみましょう。
大きな違いは「才能が目に見えやすいかどうか」という点です。
運動の場合、「足が速い」「跳躍力が高い」「体が柔らかい」「体の動かし方がうまい」など、見ただけで「この人運動神経いいな(あるいは悪いな)」と思えます。もちろん、プロでも通用する細かい動きなど、専門家でないと見極められないポイントはあると思いますが、私のような素人でも「運動ができる、できない」くらいはわかります。
勉強の場合はどうでしょうか。
「この人勉強できるな」と思える場面というと、「テストの点数」「授業の発表」「計算の速さ」「覚えのよさ」なんかがありそうですよね。
ただ、それを見ただけで「この子は勉強の力がある」とわかるというのは、意外と難しいものです。
例えば「テストの点数」だと、まぐれの可能性があります(一方で「足の速さ」にまぐれ、たまたまはありえません)。まぐれは言い過ぎだとしても、特に小学生のテストは単元の学習後すぐなので、宿題や授業をまじめにこなしていれば、そうそう悪い点数は取りません。ちゃんと学習できているのかは、その後の学年になったときくらいにようやく見えてくるのです。
実際、「小学生のときは毎回90点くらいとってたのに、中学になると全然ダメなんです」という学習相談は毎年のようにありますが、こういうお子さんの場合、私はまず「学習能力がありそうか」を疑います。学習能力についてはいずれお話ししますが、ここでは「テストの点数だけでその子に勉強の力があるかを判断するのは早計だ(特に小学生)」ということだけお伝えしたいと思います。
最後に
勉強は不平等です。
勉強には能力による差が存在します。
ただ、その差の存在を信じたくない子やその親、信じさせたくない教育者や教育産業が、「勉強は平等」「勉強は努力でなんとかなる」という幻想を作り出しているのだ、と私は考えています。
「お前は努力を否定するのか」と言われるかもしれませんが、一方で、私はこう考えます。
「努力は才能の範囲内ですることが大切」
次回は「努力」についてお話しします。
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